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いかちゃんあれこれ

飲んべぇオヤジの独り言、戯言。。。

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真田祭り

2013年 05月07日 05:52 (火)

130505真田祭り (1) 


130505真田祭り (2)



5月5日は『歴史探訪の会』


真田幸村所縁の地 高野山の麓、和歌山の九度山

この地で育ったボランティアの方に案内頂いて

この日は丁度毎年行われている

『真田祭り』で大勢いの観光客が訪れていました





真田幸村と九度山、所縁その一部・・・

天目山の戦の後、真田氏は徳川氏に仕えましたが

北条氏との和睦の件で家康と対立

昌幸の長子信幸は徳川氏側に残りましたが

昌幸と幸村は豊臣秀吉に仕えることになったのです


1600年(慶長5年)、天下分け目の関ケ原の合戦で幸村は父と共に西軍に加わり

持ち前の軍才を生かして秀忠の大軍を相手に大勝を収めました


しかし西軍は敗退、幸村は死罪に処せられるところでしたが

東軍についていた兄信幸の嘆願により、これを免れました

「真田昌幸とその子幸村に、所領没収ならびに高野山蟄居を命じる」

幸村父子は真田家の菩提寺である高野山蓮華定院に身を寄せました

昌幸65才、幸村33才の時のこと

こうして幸村父子の隠棲生活が始まりましたが

高野山があまりにも寒かったため、その年の冬に庵を九度山に移しました

その跡地に建つのが善名称院(ぜんみょうしょういん)、真田庵です

九度山での生活は、信幸からの仕送りもあって

それなりにゆとりのあるものだったようです。その一方で兵術や天文を学んだり

一子大助(幸綱)と共に紀ノ川で水練を試みるなど

将来に備えての訓練も怠りませんでした

また、昌幸が刀の柄に巻いていた平織り紐を真田紐として行商させ

生活の足しにもしていました




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真田十勇士

猿飛佐助・霧隠才蔵・三好青海入道。。。

子供の頃紙芝居でよく見ました。よく聞きました。


いやぁ~~~懐かしい響きぃ~~~~~~








純粋だった小さい頃の面影は完全消滅

お酒にまみれる毎日に、昨日は一日中頭を抱えて寝てるとは


ヾ(▼ヘ▼;)コラxァ~






いかちゃんに流し目する可愛い娘ちゃんだけはキッチリ撮ってるぅ~~~


♪♪♪ d(⌒O⌒)b♪♪♪




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